自分を固めるタイミング、だから旅立つ 〜旅立ちの前に記すCiftでの時間〜


2017年9月から1年弱参加してきたCiftを、この7月で旅立つことになった。
離れる前に、あらためて、どうして自分がCiftに加わり、11ヶ月の間でどんなことを感じ、なぜ今回旅立つことを決めたのか、簡単にまとめていきたいと思う。

1話「血が繋がらない家族」のおかげで生き延びてきた
2話 “思い込み”を取り払い、相手を立体的に見れば、愛おしくなる
3話 自分を知り、”試す”ことができたのは「家族」だったから
4話 「結婚」も「子育て」も信じられなかった私に、新しい「かたち」を見せてくれた

「いまの自分が嫌い」
2017年の年末に1年を振り返った時、湧き起こってきた感覚だ。

2017年の下半期、私は仕事を変え、Ciftに生活の拠点を変え、変化の渦の中に自分を置いていた。Ciftでは、自分を他者に開き、他者を受け入れ、自分自身を変容させる”柔軟性”をもつことを、1つのテーマとしている。そうして変化の渦の中で、自分をオープンにして「変わる」ことを選びつづけるうちに、気づけば自分自身を否定するような変化まで飲み込もうとしていた。結果、「自分」の輪郭がどんどん崩れてゆき、冒頭のような感覚を覚えたのだと思う。

そのことに気づいてから、私はもう一度「自分」のピースを集め直していくような時間を過ごすようにしてきた。会社を辞め、長年慕っている方が暮らす自然豊かな場所(*ホーストレッキングファーム三浦海岸)に居候させてもらい、心から行ってみたいと思うところを訪れ、自分が安心できる心友たちと時間をともにし…。

そうして迎えたこの夏、「Ciftを離れないといけない」と思った。今の私はもっと自分の内側に向かっていくタイミングだと感じたからだ。Ciftでの11カ月間が、自分を柔軟に変化させられるように、熱く燃やしていた期間だとすれば、ここからしばらくは、自分を固めるために冷却していくタイミング…。

この先、再び変容を求める時も来るかもしれないし、自分を固めつつ変容させられるようにもなるかもしれない。そのときには「またCiftに帰って来たらいい」と言って送り出してもらえたことを、うれしく、ありがたく思う。

Ciftを通じて得られた気づきや変化は、これからの私の中に生き続けるし、家を離れたからといって関係性が終焉するわけでもない。一人暮らしを始めた子どものように、旅立ったあとも、時に交わり、時に”帰省”し、甘えたり頼ったりして大切な思いを共有しあえるのかどうか…。それこそが私たちが「家族」になれたのかを検証できるようにも思う。

だからこれから、新たなスタートだ。

Ciftの部屋からよく眺めていた日の出。