リトリートの残骸と私


私が私たちになれるか?
共感性の低めの私にとって、Ciftに入りたての私にとって、このお題はなんとなくハードルの高いお題に思えた。もう少しラフな気持ちで参加をしていたもんだからさ。

私は、Ciftのメンバーになった。それほど前ではない。2年前から東京と富山の2拠点で生活するようになり、ホテル暮らしもストレスが多くて、リビングが欲しかったり、帰ったときに迎えてくれる人が欲しかったり。

そして、友達がちょうど一緒に暮らすメンバーを探していて、もちろんCiftのあり方に共感をして、スルッと乗っかり、ここ、渋谷のどまんなかにもう一つの住まいを持った。

2023年の初め、Ciftのリトリートに参加した。参加していたのは顔を合わせたことはあっても、きちんとお話ししたこともないメンツで。何かを感じてここに集ったという共通項が唯一の頼りだ。

参加したきっかけは、ルームメイトからのお誘い。家族といえども、会ったことない人が大半である私にとっては、関係性のできていない面々との3日間を過ごす時間。けれど、ルームメイトのおかげで気楽な気持ちで浜松へ向かった。

まずは場を壊さないように他者を観察し、慎重に振る舞いを探る。そんな時間が流れていた。ご当地の神様に会いに行き、お風呂に入って、ご飯を作ってみんなで食べて。夜には初めての対話。互いを知る時間。神妙で真っ直ぐな何かをみんなから受け取ったような気がして、ざっくりと参加した自分がなんだか恥ずかしくなった。


翌日もまた、朝ごはんをみんなで作って、みんなで食べて、対話して、買い物に行って、サウナに入って、ご飯をたべて。何かあるからここに来ているんだろうなぁって感じていた。

夜にはずいぶんとリラックスしていた。この日は参加した全員と1対1で対話をした日だったからかもしれない。これが一筋の共通したものを持つコミュニティたる所以だろうか。

最後の日には、なんだかわからないけど、ちょっとだけ泣けた。なんとなく、心からこぼれ落ちる何かがあって、その何かは、自分の中にせめぎ合っているものだったのだろう。ピーンと張り詰めている日常から離れて束の間、ふと、力が抜けていたのかもしれない。

その場にいるみんなが何も言わずにただただ、澄んだ空気で迎え入れてくれたような、驚いているような、なんとも言えないひとときがあって、けれど不自然ではない時間が流れていた。

心を開き発すること
ここでは、心を開き発することを求められた。それは私にとってとても難しいことだ。だから嫌悪感を抱いた瞬間もあった。そして、そういう自分がここにいるのはどうなんだろう?とずーっと考えていた。初日になんとなく自分が恥ずかしくなったのもそうだ。

正直、対話はそれほど私には重要ではなかった。心を開くとか、深いところとかいきなり言われてもさ。そういう戸惑い。

私にとって家族とは
互いにハードな要求があっても、それに応じてくれると信じてやまない存在、普段はバラバラで一緒に過ごす時間は少ない。少なくとも実家族はそうだ。意識でつながる家族というものがみんなにとってどう良いものなのかを知りたかったのだと思う。そうだ、それを知れたらと思ってここに来たんだったな。

人と人との関係性において、こちらが相手の要請に応じることは比較的簡単だ。けれどこちらの要請レベルが高かった場合、そのままアウトプットすれば相手を傷つけて兼ねないし、その分自分も傷つくのだ。そんなんだから直球で心を開くことはハードすぎよなぁと思ってきた。

リトリートも別れの時には、ここに集ったメンバーを温かい気持ちになれる存在と感じていた。3日目の出来事と合わせて考えれば、ほんのちょっとだけ、溶け合うことができたのかも知れない。

そしてそれは、1対1ですべての参加者と話をした時間が大きいと振り返って思った。それはなんだろう。互いに差はあれど曝け出して、許し合って、頼り合う。それぞれのモヤついた何かを、この場にある信頼と安心が受け止めてくれたと感じたからだろうか。場に内包する力があったということか。

そう思ったところで、リトリートは終わった。

原体験を引きずって生きている
田舎育ちの私には、地域コミュニティを愛する気持ちがある。近所のうるさいおばあちゃん達にあーだこーだ言われて育った。

原体験にある地域コミュニティが、私の住むもう一つの主たる拠点には、少しだけ残っている。面倒だけどわりと好きだ。

隣の認知症のばあちゃんが夜中に叫ぶ声を聞いて心配しつつ、付かず離れずの距離感で近所のおばちゃん達が気にして井戸端会議を開く。ちょっと迷惑よね。という入り口から始まるのだけど、結局は心配しておせっかいを焼いている。そのレポートを姑から聞くのも良き。

そして現代には、様々なコミュニティが生まれている。拡張家族もその一つだと思っていて、一番原体験に近いものを目指しているような気がしてここにいる。

そして経営する会社にも、その機能があった方がいいなとおもったから、手探りながらモヤつきながら組織を運営しているのだ。

これは望むとも望まぬとも、人として現世に産み落とされてしまった私の好奇心を揺さぶる事柄であるのは間違いない。

余韻を味わい、発酵する。
実は浜松での3日間のあと、東京に戻ってからもリトリートの空気をなんとなく纏っていた。それは、リトリートに参加したルームメイトと過ごすことが継続されているからかもしれない。

なんとなく、三日間の出来事を渋谷の一室でゆるりと振り返っていると、互いに新しいことに気づくことができる。思考の深まりを感じた。

余韻を味わう中で、発酵が進んでいく。感じることにあえて無頓着になっていた私も、本来持っているであろう、敏感さが蘇ったような気がしないでもない。

押し殺していたものが、少しだけ開いて染み出してしまったような気もする。これだから、人と人との関係性にまつわる営みは面白い。その余韻を楽しむことも含めて。

ちょうどリトリートから数日後、私の実家族が渋谷に滞在した。廊下でリトリートに参加したメンバーと、笑顔を交わし実家族を紹介する。友人に紹介するのとはまた違った感覚だ。

もう年始からだいぶ時が過ぎている。思い出は誇張されるしいいように改変される。それはそれでいい。そうやって人はものがたりを紡いで生きているのだろうから。