今から約6年半前、友人と事業を始めることをきっかけに、オフィス兼自宅という形で、半ば成り行きでシェアハウス生活を始めた。その後も環境は変わったが、気づけば東京に来てからずっと、人と暮らしをシェアする生活を送ってきた。
最初はただ経済的な合理性で選んだ暮らしだった。けれど、何気ない日常を共に過ごす中で、その場所は少しずつ、人が集まる憩いの場であり、誰かが帰ってくる家のような感覚になっていった。同時に、一緒に暮らす同僚や友人への意識も、“仲の良い友達”から“家族のような存在”へと変化していった。
「家族のような存在ってなに?」と聞かれると、説明するのは難しい。人によって捉え方も千差万別だと思う。ただ僕らの感覚としては、「たとえ彼らが社会的な地位や職を失ったり、一文無しになったとしても、無条件で支え合いたいと思える存在」——そんな感覚だ。
こうしてできた繋がりは、人生にとってかけがえのない財産になった。
そして僕は、その関係に「第二の家族(拡張家族)」と名付けた。住人や住環境が変わっても、この関係をどこまで広げられるか、意識的に社会実験を続けてみた。
一概にシェアハウス生活といっても、誰と住み、どんな暮らしの在り方を大事にするかで、生まれるものはまったく違う。
平日の遅くまでゲームで盛り上がったり、恋愛リアリティーショーを見ながら副音声風に笑い合ったり。楽しい日々もある一方で、洗い物やゴミ捨て当番みたいな些細な理由で喧嘩して、他者と関わることが面倒だと感じる日も少なくない。
それでも、そんな他愛もない日常を重ねるうちに、他者と過ごす営みそのものが、いつの間にか“愛おしい”ものになっていく。
そんなふうに、他者と暮らす日々は、面倒さも含めていつの間にか手放しがたいものになっていった。だからciftでも、そんな“愛おしい日常”を積み重ねていきたいと思っている。
そうした意志を持ってciftで過ごす中で、次はどんな関係が育っていくのかが楽しみだ。ここで出会う人たちと、また新しい“帰れる家”を一緒に育てていけたらと思う。