「赤の他人がともに暮らす」という非合理を愛するために


2020年6月、僕は長野県の小さな町に引っ越した。

パンデミックの最中、東京の窮屈なシェアハウスの一室に閉じこもり続ける意味を感じなかったというのが大きな理由であったことは間違いないが、

「社会はどうあるべきなのか」みたいな大きなことを考えることが多かった自分にとって、
東京での暮らしは思考の糧になる情報に溢れて刺激的だった一方で、
膨らむ理想を唱えるだけで現実が追いついていかない空虚さを感じていたのだと思う。

世界中が部屋に閉じこもり、他人とは接触しないことが是とされる中で、
改めて現場で町や社会と向き合いたいという衝動に身を委ねた結果、
拠点を移すという意思決定は驚くほど自然で淡々とした情報処理に感じられた。

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住んでみると、その町は「めんどくさいこと」に溢れていた。

引っ越しをしたらまずは「隣組」のご近所さんに菓子折りを。
毎月朝5時に起きて神社や泥だらけになった池の掃除を。

特段理由がなければ何もしない、「都会」で個人主義的な暮らしをしてきた自分にとって、
それらは全て「非合理的なもの」だった。

でも、それらを通して、近所の人と顔を合わせて言葉を交わして、
時には「めんどくさいですね」と文句を言い合って。
近くの居酒屋に行けば絶対誰かに会うような小さなコミュニティにおいて、
それらの非合理を繰り返すことは、自分と他者の距離を縮める「合理的な非合理」であった。

初対面でも“Hi!”と陽気に話しかけるのが苦手なシャイな日本人にとって、菓子折りを持って挨拶周りをすることは「初めまして」の敷居を下げる口実でもあったのだ。

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町というコミュニティは、生い立ちも職業も趣味もバラバラな人々が、「ただ同じ場所に住んでいる」という理由だけで集まっている集団だ。

そんな集団にもかかわらず、一見非合理な共通体験を繰り返していく中で、不思議と居心地の良さを感じている自分に気づいた。そこにいると、折に触れて「今、ここに、生きている」という言葉が、実感を伴って自然と浮かんでくるのだ。

では、それまでの僕は「今、ここに、生きて」いなかったのか。

東京での暮らしでは「大学」「会社」「サークル」など、自分が関わるあらゆる集団に目的があって、存在理由が明確であった。「東京都」や「世田谷区」なんていう行政区は税金を納める先程度の意味合いしか持たず、帰属意識を持つには大きすぎた。
でもそれは、結果として、目的によって自分を拘束し、目的を持たない非合理を排除する息苦しさと表裏一体だった。

人が人と付き合うことに、特に合理的な理由はいらない。
それに気付かされた今だからこそ、「赤の他人がともに暮らす」という非合理を愛せるのかどうか、東京でも試してみようと思う。